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吸っちゃいなよ 朝丘大介
夜の帳がおりるころ、買い物がえりの貴美子と老母が両手に紙袋をさげて裏通りを歩いていると、全身黒ずくめの男がいきなり目の前に舞いおりた。
「血ぃ吸わせろぉ~」
男は大きくとがった牙を見せて、貴美子に詰めよった。吸血鬼か!?
街でいつもナンパをされている貴美子は、動じることなく声を立てた。
「献血なんて、興味がないわ。それに、あたしの血はワインとウイスキーでできているから、ぼくには百年早いわよ」
ここで、ぶくぶくに肥った貴美子の母が、会話に入りこんだ。
「ちょっとあんた! 娘でなく、あたいの血を吸いなよ!」
「え!?」
「だから、あたいの血を吸いなってば!」
「えっ。ええと……」
「吸血鬼のくせに、なに遠慮してんの。さあっ!」
言いながら、ぷくぷくの腕をさしだす。
「血ぃ吸われて吸血鬼になれば、永遠に生きられるんだろ? あたいもこの若さ、保ちたいしぃ。がっはっは! 吸いなってば! ほらっ!」
なおも男ににじり寄る母。目が本気だった。
男は泣きだしそうな声で訴えた。
「ちょっと待ってくださいよ、お母さん! 昼間はどうするんですか! 吸血鬼はお日さまの光を浴びたら、焼け死んじゃうのですよ!? そしたら、大好きなバーゲンセールにも行かれなくなっちゃうのですよ!? 本当にそれでもいいのですか!? 悪いことは言わないから、もっと自分を大切にして……。それじゃあ、グッドラック!」
言うだけ言うと、男はばっと宙に舞いあがった。
「ちぇっ」
不服げに口を膨らませる、貴美子の母。
(あの男、うまく逃げたわね)
夜空へ羽ばたいていくコウモリを見上げながら、貴美子は苦笑いした。

朝丘先生
貴美子の母のような下品な女性にドン引きしたことアリ。
©2023 Daisuke Asaoka