#62:コピー機の営業時代【朝丘 大介】

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コピー機の営業時代

 

コピー機の営業をしていたことがある。九十年代の話だ。

 

 

 

デモ機と呼ばれるコピー機をお客さんのところに車で持っていき、コピーサンプルをとってみせるのである。

 

 

 

一分間にとれるコピーの枚数と、コピーの美しさが購入の決め手になる。

 

 

 

カラーコピーも、当時は時代の最先端だった。

 

 

 

ほとんどの営業マンは会社のロゴがついている看板車を与えられるが、新人だった僕は、田舎の住宅街を歩きで飛びこみ営業していた。

 

 

 

毎朝朝礼で、

 

 

 

「目標三百万、やりきります!」

 

 

 

などと言わされるが、売れるはずない。

 

 

 

いまではシネコンなどができて人気のある街だが、当時そこは神奈川でも何もない、これからビルが建つ前の、だだっ広い空き地だった。

 

 

 

端っこのエリアの竹林で、女子アナが不倫をしたことで後に話題になった街でもあった。

 

 

 

街には会社もコンビニもない。

 

 

 

店もやっていない人たちにとって「コピー機いりますか?」などと申し出ても愚問だったのである。

 

 

 

またコピー機が置いてある有限会社の事務所などでは、

 

 

 

「コピー機を見せてください」

 

 

 

と申し出る。

 

 

 

機械の裏側に書いてあるリース会社や契約日をメモして、後日提案するための根拠を探るのである。

 

 

 

リース開始から3年以上経っていれば、新機種へのご提案が可能だった。

 

 

 

誰が担当しても売れない地域が新人に与えられた。

 

 

 

当時は売れている地域の営業が羨ましかったが、いま考えると、社会人になりたてで、お客さんに対し、話もろくにできなかったのだから、然るべき采配だったのかもしれない。

 

 

 

たまにFAXが売れることがあったが、FAXは安いので、売れても売れなくてもいい品だった。

 

 

 

売れている人は、なかなか頓智が利き、いくつもの「きっかけトーク」のねたを持っていた。

 

 

 

話題がないときは、事務所の中にあるものを適当に指差して、

 

 

 

「社長、あれは何ですか?」

 

 

 

などと言って、話題を作った。

 

 

 

また、夏などは、アイスを二つ買って行って、

 

 

 

「社長、アイス食べましょう。アイス溶けちゃう」

 

 

 

などと言って顧客の事務所に居座った。

 

 

 

都会の大手会社の担当になったときは、通う取引先が決まっており、コピー機を一括で五十台買ってもらえたりした。

 

 

 

大企業ゆえに、全国にある各支店のぶんまで購入してくれるのである。

 

 

 

コピー機が売れた日は、看板車を図書館の駐車場や公園沿いに停めて寝た。

 

 

 

同じフロアの、隣の営業部にひとり、おかっぱ頭の係長がいた。

 

 

 

オカマっぽい人で、僕はその人といるとワクワクした。

 

 

 

ある日のこと。

 

 

 

その人が僕にほくほく顔で僕に話しかけてきた。

 

 

 

「この間、道で事務の女の子とばったり会っちゃって、一緒にプリクラ撮っちゃったよ」

 

 

 

「いいなぁ……。でも、プリクラなんて、美人の奥さんにバレたらまずいんじゃないですか」

 

 

 

「平気へーき。女房にはバレないよう、乳首に貼って帰ったから♡」

 

 

 

この係長の言動はぶっとんでいた。

 

 

 

僕の会社には毎日午前中にヤクルトのおばさんが来て、デスクワークに励む社員にヤクルトを売っていた。

 

 

 

定番のヤクルトのほかに、ヨーグルトやババロアが売られており、ある日僕はババロアを注文した。

 

 

 

すると、おかっぱ頭のその係長が来て、

 

 

 

「ねえ、朝丘君。ババロアって言って」

 

 

 

と言ってきた。

 

 

 

戸惑いながら僕が、

 

 

 

「ババロア」

 

 

 

と言うと、

 

 

 

係長は「きゃっ♡」と叫びながら、うれしそうにその場でぷるる~んと跳ねた。

 

 

 

うっとりした目で僕を見つめ、

 

 

 

「ねえ、お願い。もう一回言って」

 

 

 

「……ババロア」

 

 

 

すると、係長はまた「きゃっ♡ きゃっ♡」と言いながら顔を紅潮させ跳びはねた。

 

 

 

オカマの思考は奇想天外で面白かった。

 

 

 

笑いのセンスのある人で、当時スリムだった僕は、その係長に、

 

 

 

『シャープペンの芯』

 

 

 

とあだ名された。

 

 

 

……細すぎだろ。

 

 

 

ほかにも社内には、ひどいあだ名をつけられた者が何人かいたが、下ネタばかりで、上司から、

 

 

 

「コンプライアンス的に問題ありです」

 

 

 

と、ここに書くことをボツにされてしまった。

 

 

 

僕が安物のコピー機一台しか売れなかった月は、その係長から、

 

 

 

「(売れたのが」FAXじゃなくって良かったね」

 

 

 

と慰められた。

 

 

 

業務用コピー機の値段は七十万円はしたが、FAXは六万円だった。

 

 

 

この考えかたは、その後、どんな苦境に立たされたときでも、僕の心の助けになった。

 

 

 

泊りがけで競馬を観に行って、旅館に泊まったときは、係長が僕に近寄り、

 

 

 

「ねえ。一緒にここんちの子になろうか」

 

 

 

……ここんち子って、もう五十を過ぎているくせに。

 

 

 

この人が会社を休むときの言い訳は、決まって

 

 

 

「すみません。妹が死んだので休んでしまいました」

 

 

 

妹なんていないのに、その何回も〈死んだネタ〉を使っていたので、妹が何人もいたことになる。

 

 

 

……会社休むたびに〈架空の妹〉を殺すなっての。

 

 

 

仕事の結果は出している人なので、取引先に営業をかけている以外の時間は、昼間から横浜駅近くのゲームセンターでいつもコインゲームをして過ごしていた。

 

 

 

名物営業マンなので、お客さんの評判は上々だった。

 

 

 

© 2024 Daisuke Asaoka

 

 

 

 

 

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