志村けんの若い時代に迫る!【小学校編】

古名 飴
古名 飴
志村けんさんってホント日本を笑顔にする
最高のお笑い芸人だったよなあ
私も大好きだったよ。。
志村けんさんの『いいよなあ~』のキャラ知ってる?(笑)
マニアックだけどめっちゃ笑ってた(笑)
嫁
古名 飴
古名 飴
知ってるそれ!!
あれ許されるの志村さんだけよね(笑)

と、話がそれ過ぎだよ・・
今日はそんな素敵な志村けんさんの過去の学歴や若い頃に触れていくよ!

 

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志村けんの出身小学校は?

 

まずは、小学校から見ていきましょう!

 

東村山市立化政小学校

 

東京都東村山市諏訪町にある、東村山市立化政小学校に通っていたそうです。

 

当時は祖父母、両親、叔母、兄2人の8人家族で、農業などを手伝っていたそうです。

 

今とは全く想像がつかない生活をしていたんですね。

また、農業では芋をたくさん育てていたらしく1日3食とも芋の日があったとか。

 

とても時代を感じる志村けんさんの学歴非常に興味が出てきますね。

 

1956年4月に入学した小学1年生の志村けん

 

小学校の教頭先生が志村けんさんは1956年に小学一年生になったそうです。

当時はよく駄菓子屋のお菓子を盗み食いしたり悪さを働きましたが柔道5段の父に良くきつく怒られていたそうです。

 

やっぱり志村けんさんは若い頃から少しイタズラ好きで当時からかわいらしい性格なんですね。

 

志村けんさんは小学一年生の夏、運動会の徒競走で緊張のあまりスタートの瞬間うんちを漏らしてしまい、“やすべえくそべえうんこべえ”というあだ名がついたそうです(笑)

 

将来のスターは当時から何か持っていますね。

また奇妙な話ででは、同じクラスメイトにクレヨンを食べてしまう子がいたとかいないとか・・

 

志村けんがお笑いに目覚めたきっかけは小学3年生の夏!?

 

小学3年生の頃にはもう才能の頭角を現していた志村けんさん。

『中居正広のキンスマスペシャル』に志村けんさんがゲストで出演されたとき

1年生の時に続き、3年の運動会でも今度は緊張ではなく我慢ができず“おもらし”をしてしまったそう。

 

さすがにこのままではいじめられると思い、いつか落語で見た酔っ払いが漏らした演技をまねしたところ大うけし何とかその場をしのいだというさすが志村けんさんというエピソードをお持ちです(笑)

 

さすがですね。ここでまた恥ずかしがってしまうといじめられる!と思ったそうで基点をきかせたそうです。

そして1年後また落語のレコードしっかり聞いたことでお笑いに目覚めたそうです。

運動会とは別に友達と酔っ払いのコントを自ら作成し、クラスを大笑いさせたのが本当のきっかけかもしれませんね。

 

今だから思うこと

 

若いころ(小学校)の志村けんさんはいかがでしたか?

とてもお茶目で、当時から人を笑わせる才能あふれる素敵な方ですね。

 

実際、もうこの世界に志村けんさんは生存されていませんが

亡くなってもなおテレビ業界で活躍をする志村けんさん。

 

志村けんの過去の映像を流すだけで高視聴率、そしてたくさんの笑顔が咲きます。

 

こんなに長くたくさんの人を幸せにする志村けんさんは心から尊敬できると改めて痛感しますね。

 

今後もまだまだ志村けんさんの面白い姿にお世話になることでしょう。

いつまでもみんなの心の中に生きている志村けんさんが大好きな降らし屋です。

また別の記事で中学編と高校編、大学編間間で記事を執筆いたしますのでゆっくり遊んで行ってくださいね!!

 

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