ガンプラの思い出
僕が小学5、6年生だった80年代、日本中の少年がガンプラに熱狂した。
ガンプラというのは、ロボットアニメの金字塔 『 機動戦士ガンダム 』 のプラモデルのことだ。
どういうわけか生産が追いつかず、子どもたちは日曜日になると、おもちゃコーナーのあるデパートや模型店に早朝から列をつくる社会現象になった。
はじめてガンプラを買ったのは、誕生日のとき。
親に、好きなものを買っていいよ、と二千円渡され、ふたつ隣の日吉駅にあるサンテラス日吉というショッピングストアに自転車をこいで行った。
そのとき買ったのは、ホワイトベースという宇宙戦艦で、ガンプラのなかでは人気がなく、どこのおもちゃ売り場でも余っている模型だった。
ガンプラでは、300円で買える144分の1スケールのモビルスーツ(ロボット)に人気が集まっていた。
どこへ行っても品切れで、クラスの男子たちは学校が終わると、自転車で近所の模型店にダッシュした。
模型店の前には長蛇の列ができていた。よその学校の生徒たちも並んでいる。
僕らのクラスの仲良しグループは、よく横浜模型という店のお世話になった。
詳細は憶えていないが、横浜模型は横浜の駅ビルとダイヤモンド地下街にあり、三日ぐらい前から、何のプラモデルがいくつ入荷するかが紙に貼りだされていた。
電車賃も、横浜まで子ども料金が40円ぐらいだった。
日曜の朝6時ごろ最寄り駅で待ち合わせ、みんなで長蛇の列に並んだ。
クラスメイトのひとりが 土曜日に たばこ屋の早売りで購入した 少年ジャンプ ( 通常は月曜発売 ) をみんなでまわし読みしながら開店を待った。
たしか、整理券を配る店もあった。
午前10時の開店と同時に列が動きだす。
並んでいる子どもたちは気が気でなかった。自分のすこし手前でお目当てのガンプラが売り切れてしまうこともあったからだ。
買えたときは胸を撫でおろし、さっそく箱をひらき、中身をチェックする。
買えなかったときは 次回こそ絶対に手に入れるぞと、雪辱を心に誓った。
ところで、当時一学年年上で、〈カクさん〉というあだ名の知り合いがいた。
カクさんは隣の学校の上級生で、ガンプラ作りの天才として超有名人だった。
ウエザリングという塗装技法をつかい、ガンダムのモビルスーツ(ロボット)が使い込まれて汚れたメカに仕上がっていた。
カクさんの自宅は、車一台ぶんのスペースに四人で暮らしていたが、貧乏でも、模型屋のショーケースに飾られているようなプラモデルが本棚にディスプレイされており、僕らちびっこ軍団は、プラモデルを作るのがうまいカクさんを心から尊敬していた。
閑話休題。
クラスに長谷川君という工場の子どもがいた。
長谷川君はあるとき、大事なことを伝えるようにそっと僕の耳元でこんなことを打ちあけた。
「父さんの知り合いの工場でガンダムのプラモを作ってるんだ」
「ええええぇーええ!? ほんとう!?」
「うん」
寝耳に水のカミングアウトに僕は舞い上がった。
「じゃあ、今度僕に量産型ザクのプラモを売ってもらえる?」
「うん。ただであげるよ」
僕は量産型ザクのプラモデルをもらえることを夢見ながら、待った。
だが、その後、「ザクは手に入った?」と訊いても、長谷川君は気のない返事。
諦めたところに、長谷川君の母親から電話があった。
「あの、朝丘君。うちの子から話があるの。……ほら、出な」
受話器の向こうで、長谷川君は泣いていた。
「あっくん……。ごめん。ガンダムの工場があるって……。あれ、嘘なんだ」
信用していただけにびっくりしたが、裏切られた、というより、親に怒られて泣いている長谷川君に同情した。
どうして長谷川君は嘘をついてしまったのか。
まだ小学生だったから、嘘でみんなの注目を集めることで〈一瞬のヒーロー〉になりたかったのだろう。
子どものころは、そういうイージーな嘘をつく子が多かったので、驚きはしなかった。
話が脱線したが、よくゲームとかスマートフォンの新機種がでたときとか、発売前日から列をつくる人たちがいるが、ああいう人たちの心情を、僕は理解できる。
欲しいものを手に入れたときのうれしさを、ガンプラブームで実体験した せいだろう。
©2024 Daisuke Asaoka
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