#66:だから、僕は書いているんだ【朝丘 大介】

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だから、僕は書いているんだ

 

きょうは週に二度ある在宅ワークの日だ。

 

 

 

寝間着のトレーナーのまま仕事をしても問題ない。

 

 

 

僕のパソコンはネットに繋いでいないので、書いた記事は後日USBで職場に持っていき、上司のチェックを受けることになっている。

 

 

 

ちなみに車いすで在宅ワークをしている甥っ子の意見として、在宅ワークのメリットは「肉体的負荷の軽減」と「環境の整えやすさ」とのことだった。

 

 

 

職場という公共の場では、

 

 

 

「ちょっとエアコンが効きすぎて暑いかも」

 

 

 

と感じるときも、ほかの人は快適そうだったら、自分が我慢する。

 

 

 

その点、在宅は自分の空間だから、環境の整え方も自分の好みで行える。

 

 

 

甥っ子にとって、そのことが良いらしい。

 

 

 

身体の弱い甥っ子にしてみれば、そうしたことは切実な問題なのだろう。

 

 

 

納得した。

 

 

 

僕の場合、在宅ワークにしてもらったのは、往復三時間の通勤をして二か月目から具合が悪くなったからだ。

 

 

 

それまでも現在の仕事はしていたが、障がい者のグループホームからの自転車通勤だった。

 

 

 

両親のダブル介護のあと、高次脳機能障害の僕は、ひとりで実家に住めるか医師や区役所の支援相談員から危惧され、二年間のグループホームで生活を送った。

 

 

 

だが、きちんと三食摂り、夜十時には寝て、朝六時に起きる生活で社会性が身につき、空き家となった実家にひとり暮らしをしてもよいことになった。

 

 

 

上司に週に一度でいいから在宅ワークにしてほしい、と訴えたのは、乗り物酔いしやすい体質で、朝家を出てから職場に着くまでに、すでにグロッキーな状態で、文字を見るだけで気分が悪くなってしまったからだ。

 

 

 

自転車通勤のときは問題なかった。

 

 

 

頭を使う仕事なので、就業後、自転車で体を動かし、グループホームで数時間横になれば、体は回復した。

 

 

 

甥っ子が言うところの「肉体的負荷の軽減」である。

 

 

 

どうも僕は乗り物に弱いようである。

 

 

 

中高のときも、電車、バスに三回乗り換えて通学していた。

 

 

 

ちっちゃな体で教科書、辞書、ノート、弁当箱などがパンパンに入った重たいカバンを持ち、カバンにコントロールされているといった感じだった。

 

 

 

いま考えると、往復二時間半の通学がなければ、たくさんの本が読め、勉強にも打ちこめた。

 

 

 

中学と高校は、毎年東大に五十人入る受験校で、その中で成績は中だったが、僕の場合は、三回乗りついでげっそりしながら登下校するよりも、公立に通って、その中でのびのびやったほうが、成績は上がったのではないかと思う。

 

 

 

久石譲などの曲のオルゴールのBGMが流れる、パソコンデスクが並んだ職場とは異なり、殺風景な自室の部屋は暗く、シンとしていて、まるで海の底にいるようだ。

 

 

 

きょうは小雨が降っているらしく、窓の外からは屋根からぽたぽたとこぼれ落ちていく雨の雫の音だけが妙に耳につく。

 

 

 

美人のスタッフのいる職場での仕事もにやけてしまうのだが、孤独がルーツの僕にとって、自室でやるのは向いているかもしれない。

 

 

 

ちなみに仕事机から振り返ると見えるのは、写真のように、隣の家の壁。

 

 

 

視界が塞がれている。

 

 

 

 

 

 

一日中、陽ざしが入ることはない。

 

 

 

まるで刑務所から見る窓のように殺風景だ。

 

 

 

まあ、子どものころ、親から与えられた部屋なので、両親が死に、兄姉が出ていった現在も、五十坪ある広い家で、自分の部屋(六畳)だけを使っている。

 

 

 

ちなみに漫画家のゆでたまごさんはネームを考えるために、自宅とは別の仕事部屋にこもり、弁当を持ってきてくれる奥さんとは週に数回しか会わないそうだ。

 

 

 

自分を追いつめて仕事をされるタイプなのだろう。

 

 

 

 

 

 

自室の仕事机の前の壁には、大切な人たちの写真を貼っている。

 

 

 

読者が描いてくださった僕の小説のキャラのイラスト。

 

 

 

額に入れたボロボロのa-haのサイン。

 

 

 

人として大切なことを教えてくださった『オレンジ病棟』の担当編集者。

 

 

 

学生時代、夢中になって読んだ中島らもさん。

 

 

 

僕にプロのテクニックを伝授してくださった〝技巧派作家〟の津原泰水さん。

 

 

 

そして、死んだ父と母を含む家族の集合写真。

 

 

 

ほとんどが、いまは会えなくなった人や故人ばかりだが、みな僕の人生のキーマンだ。

 

 

 

ちなみに壁に貼ることはできないが、読者が出版社に送ってくれた本の感想の手紙も、僕の宝物だ。

 

 

 

中には、カレンダーの裏に本の感想を書いてきた、昭和の子どものような読者もいたが。

 

 

 

この人たちがいたから、何とかやってこられた。

 

 

 

疲れたとき、この人たちのために、あとすこしだけがんばろう、という気になる。

 

 

 

人は孤独だ。一時期、温かな家庭を持ったり、親しい友人が出来ても、それは旅ののエピソードと同じで、死ぬときはひとりだ。

 

 

 

こうして孤独な環境に身を置いて書くのが好きなのは、僕と同じように孤独な人たち(独りであの世に旅立った故人を含む)と繋がっていたいからかもしれない。

 

 

 

©2024 Daisuke Asaoka

 

 

 

 

 

 

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