#114:グループホームの日々 前編【朝丘大介】
相模大塚のグループホームで、私は二年を過ごした。
長年の介護生活で心身をすり減らし、親を看取ったあと、私は強制入院となった。
退院後、ひとりで実家に戻るのは危ういと医師に判断され、二年契約でそのホームに入った。
知的障がい者や精神障がい者が共同生活を送る場所だった。
朝七時に起き、日中は外へ出て日光を浴び、夜は十時に寝る。三食きちんと食べる。
単調な生活だった。
だが、その単調さに意味があることを、当時の私はまだ知らなかった。
入居者は二十代から六十代まで。高次脳機能障害、統合失調症、知的障がい。
事情はそれぞれだが、みなどこか線が細く、肩を並べるように暮らしていた。
昼間はデイケアや地域活動支援センターへ通う。
働いていない者にとって、日中は長い。
散歩好きの青年と、五百メートル先のコンビニまで何度も歩いた。「ジュースを買う」という目的がなければ、足は前に出なかった。
グループホームに厳しい上下関係はない。
ただ、かわいい女性の世話人が当番の日は、意味もなくリビングに人が集まる。
彼女と肩と肩がぶつかっただけで舞い上がる五十代の男もいた。
可笑しくて、すこし哀しい光景だった。
誕生日には、本人の食べたいものを夕食にできた。
マクドナルドや寿司が並ぶ夜は、みなすこし浮きたった。私が頼んだのは、牛丼屋のうな丼だった。遠慮の味がした。
一日の小遣いは六百円程度。金はなかったが、節約して月に一度、入居者のみんなで海老名のシネコンへ行った。
映画は、障がい者手帳を出せば千円で入れた。
帰りは生活保護の青年のタクシー券で相乗りする。
同じ映画を観ることが、ばらばらの私たちを一瞬だけひとつにした。
入居三週間で亡くなった男がいる。
あっちゃんという三十代の書き手だった。
よそのグループホームでいじめに遭い、体験入所に来て、私と馬が合い、そのまま本入居となった。
彼は一日中自室に閉じこもって小説を書き、私に感想を求めた。
散文集をくれた。私は、プロ作家に教わった〈書く技術〉を伝えた。
ある朝、彼は目覚めなかった。
後日、親御さんから「最後の三週間は幸せだった」と聞いた。
三週間でも、人は誰かとつながれるのだと思った。
©2026 Daisuke Asaoka
この記事は朝丘大介が書きました。
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根本 圭悟
帝王学ビジネスデザインで
自分もクライアントも幸せの歯車を加速
CT Rain LLC 代表/独立8年目
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自信があるので複数商標を取得して運用
それでもまだ、より大きな成果を得るために日々研究
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