#113:2026年上半期映画ベスト10【朝丘大介】

2026年上半期映画ベスト10【朝丘大介】

 

 

 

◆『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ』

1978年の東京。

パンク・ロックの熱に焼かれた若者たちの実話。

カメラマンの青年は、バンド「TOKAGE」のライブに打ちのめされ、彼らと関わりながら、

日本の音楽シーンの胎動のただ中へ引きずり込まれていく。

いまは、誰もが発信者になれる時代だ。

ボタンひとつで言葉をばらまき、軽く「表現した気」になれる。

だが、この時代の彼らには逃げ場がなかった。

社会の閉塞感も、怒りも、「ここではないどこか」への渇望も、音にするしかなかった。

だから、その表現には言い訳がない。

いまは「売れている=正しい」という顔をしたものが、平然と並んでいる。

だがこの映画にあるのは、売れなくても構わない、自分の音を鳴らすという覚悟だけだ。

眩しいというより、少し怖い。

つまりこれは、“表現ごっこ”に慣れた今の時代を、静かに突き刺す映画だ。

 

 

 

◆『ツーリストファミリー』

 

経済危機に揺れるスリランカを逃れ、よりよい生活を求めてインドへ密入国した一家。

 

正体が知られぬよう、ひっそりと暮らそうとするが、周囲との交流は思いがけず

深まり、やがて小さな騒動が次々と巻き起こる。

 

映画好きの相互さんたちが満場一致で絶賛していたので鑑賞。

 

笑い、涙、怒り、優しさ。

 

喜怒哀楽すべてを詰め込んだ、これぞインド映画という一作。

 

どこか懐かしい人情味は、かつての『男はつらいよ』や『こち亀』を思わせる。

 

観終えたあと、スリランカ人もインド人も、等しく愛おしく感じている自分がいた。

 

国境を越えて、人はやはり人に救われる。

 

 

 

◆『オールド・オーク』

閉鎖された炭鉱町。

シリア難民の受け入れをきっかけに、分断された地域社会の中で、
唯一のパブ「オールド・オーク」の店主TJと、難民の女性ヤラが、
写真を通じてゆっくりとつながっていく。

貧困にあえぐ住民と、逃れてきた難民。

衝突は避けられず、その中でわずかな希望が見えてくる。

難民に限らず、移民を受け入れることに抵抗を感じる人は、日本にも少なくないと思う。

この映画で難民を支援しようとするTJも、反対する人々からの嫌がらせにさらされ、

心をすり減らしていく。

けれど一方で、受け入れに反対する住民たちもまた、失業や貧困の中で苦しんでいる。

どちらかが絶対に正しいとは言い切れない現実。

その中で私たちは生きているのだと、あらためて感じさせられた。

 

 

 

◆『木挽町のあだ討ち』

江戸・芝居小屋の町で、若衆・菊之助が父の仇を討つ。

事件から二年後、侍による聞き取りで浮かび上がるのは、語り継がれた美談の裏にある、もう一つの真実。

なぜ彼は刃を振るったのか。

断片だった証言がつながり、物語は静かに輪郭を持ちはじめる。

中盤の違和感もきちんと回収され、ラストはあたたかな着地。

評判に違わぬ一作。

観てよかった、と素直に思える映画。

 

 

 

◆『レンタル・ファミリー』

東京で暮らす、落ちぶれたアメリカ人俳優。

彼が選んだのは、依頼者の家族や友人を演じる「レンタル家族」という仕事。

とんでもない職業だ。

けれど、偽りの家族として誰かの隣に立ち、言葉をかけ、時間を共有するうちに、
演じているはずの心が、少しずつ本物になっていく。

血のつながりではなく、役割から生まれるぬくもり。

シティーハンターや
大川端探偵社のような、
どこかハートフルな“人生の代打屋”の物語。

静かに、あたたかい良作。

 

 

 

◆『マジカル・シークレット・ツアー』

夫の横領と借金を知った二児の母、非正規雇用の研究員、そして未婚の妊婦。

境遇の異なる三人の女性が、偶然の出会いをきっかけに金の密輸(闇バイト)に手を染め、自分たちらしい生き方と自由を求めていく姿を描く。

彼女たちを取り巻くのは、ずるい人間ばかりだ。

とことん搾取されれば、誰だって「私だって」と羽目を外したくなる。

そして、引き返せない道へ足を踏み入れてしまう。

これは、日本版『テルマ&ルイーズ』だ。

理不尽な現実に追い詰められていく主人公たちに、何度も胸が痛んだ。

それでも生き抜こうとする彼女たちの姿が印象に残る。

とても良かった。

 

 

 

◆『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

太陽のエネルギー減少による地球滅亡の危機。

記憶を失った科学者グレースは、宇宙の果てで目を覚ます。

『オデッセイ』と同じ原作者の作品で、科学的な説得力と面白さはさらに進化している。

ただ、この作品を動かしているのは、結局のところ「孤独」だと思う。

片道分の燃料しかない宇宙船。

帰れない場所で、ひとりで問題を解き続ける時間。

そこに現れるのが、異星人ロッキー。

言葉も姿も違う相手と、手探りで信頼を築いていく。

考えてみれば、人間同士でも、わかり合えないことはいくらでもある。

それなら最初から、相手が宇宙人でも大差ないのかもしれない。

人の中で孤独を感じる人間が、犬や猫に救われることがあるように、
グレースもまた、「異なる存在」によって救われていく。

つまりこれは、孤独を埋めるのは「人間であるかどうか」ではなく、「わかろうとする意志」

なのだと、教えてくれる物語だ。

 

 

 

◆『カミング・ホーム』

孤独な一人暮らしをする79歳の老人が、庭に墜落した宇宙船の宇宙人と出会い、奇妙な共同生活と友情を育んでいくヒューマンドラマ。

孤独な老人にとって、自分と向き合ってくれる存在なら、宇宙人でも構わない――そんなところが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にも通じていた。

シュールな場面も多いが、全体的にはほっこりする作品。

客席は高齢者が多かった。

 

 

 

◆『ギョンアの娘』

過干渉になってしまう母と、元恋人によるリベンジポルノの被害を受けた娘。

互いに傷つけ合い、すれ違いながらも、少しずつ相手の痛みに触れていく。

一度拡散されたものは、なかったことにはならない。

心ない言葉も、消えてはくれない。

かつて人目が怖かった自分には、その痛みが他人事とは思えず、ただ画面を見つめるしか

なかった。

それでも、完全には断ち切れない関係がある。

不器用でも、離れきれない距離の中で、人はもう一度立ち上がろうとする。

つまり、これは「壊れたあとを生きていく」ための物語だ。

 

 

 

◆『マーシーAI裁判』

近未来。司法を担うのはAI〈マーシー〉。

主人公は無実の罪を着せられ、自らの言葉だけを武器に、自己弁護を強いられる。

AIに疲労はない。

しかし、人間の脳は簡単に消耗する。

死刑の確率98%――
その数字を突きつけられた瞬間、私なら心が折れてしまうだろう。

言葉を失い、抵抗する力もなく、静かに判決を待ってしまうかもしれない。

それでも主人公は、語る。

疑われ、追い詰められながら、語ることをやめない。

「みんな過ちを犯す。人も、AIも。そして、学ぶ」

この一言は、AIに向けられた言葉であると同時に、人間自身への問いかけの

ようにも聞こえた。

嘘をつかないAI。

感情に左右されない判断。

もし政治の世界にもAIがいたなら、この社会は、ほんの少しだけ別の形をしている

のかもしれない。

これはSFであり、人間の弱さを描いた、静かな文学でもあった。

 

 

 

 

©2026 Daisuke Asaoka

 

 

この記事は朝丘大介が書きました。

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根本 圭悟
帝王学ビジネスデザインで
自分もクライアントも幸せの歯車を加速
CT Rain LLC 代表/独立8年目

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自信があるので複数商標を取得して運用
それでもまだ、より大きな成果を得るために日々研究

✧7年で約6億4千万売上
✧メディア掲載経験あり
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